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​業態選択の重要性

 私は約10年間イタリアンレストランで働き、独立の際に熟考の末まだブームが来る前のエスニック業態を選びました。業態の逆張りです。当時はバブルが崩壊し、いわゆるイタ飯ブームも終焉を迎えていましたが、市中にはまだまだ多くのイタリアンレストランがあふれかえっていました。そして当時機微に長けた経営者は状況を把握し、業態転換を選択して経営を維持し、対応できない経営者は飲食業界から去っていきました。その後ももつ鍋やジンギスカン、角打ち、ネオ大衆酒場、その他多数のブームが起きては消えていきました。ブーム後に残ったのは先発組や老舗だけです。つまり一つのカテゴリーとしての業態は、流行った時点でオワコンなのです。

 そもそもブームというのは、そのカテゴリーに消費者が過剰に食いついたという現象です。つまりバブルの真っただ中です。そこに後発組として飛び込むのは多大なリスクを背負うことに他なりません。なぜならブームを追う「流動的消費者」というパイを短期間で奪い合う事だからです。ブームが終わりその流動的消費者が去った市場には、元の数のパイしか残らないという事は容易に想像できます。その後私が戦略的に出店したエスニックレストランは、エスニックブームが去った後も約20年にわたって営業してきました。その理由は、ブームの最初に認知された店だからです。

 

 ファイブスター・カフェというシンガポールレストランも、プチブームをけん引した店です。当店が中目黒に出店してしばらくすると、東急グループなど大手が参入する場面もありましたがすぐになくなりました。東急グループはおそらくフードコーディネーターを使って安易なメニューとレシピ作りをしてたと思います。一度食べに行きましたが、メニュー構成や提供方法などずいぶんパクられたな、という印象のものでした。もちろん味は全く似て非なるものです(私の経験にかなうはずがありません)。シンガポール料理というのは当時は日本ではあまり認知されてなく、現地で実際に料理を食べて気に入った人がわざわざ探してご来店されることが多かったのです。つまり元々パイは少なかったのです。しかし今や海南チキンライスを提供する店もとても増え、ずいぶん多くの方に認知されてきました。ファイブスター・カフェが、多くの人が知らなかったシンガポール料理を根気強く丁寧に作り続けたからだと自負しています。

 結局プチブームの後残ったパイはファイブスター・カフェに行列を作りましたが、私は特別なことは何もしていません。ただまともな市場原理が働いただけなのです。業態の基準になり、ネームバリューが残りました。

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